2023年11月06日

険しい山脈か深い森か 禅林墨蹟と私。


はじめに
ネット検索「禅林墨蹟」でここに辿り着いた方は、きっと当院には縁もゆかりもない方だと思います。ネットでの情報が殆どない禅林墨蹟について書いてみました。
令和の時代に同じ峰の登頂に挑戦する者がいたことを、お読みいただけたらと思います。











ある日
師匠が床にお掛けになられたお軸の
「方南」という署名を知らなかった私。

明るい字の朗らかなお軸に魅了され、


正直に「方南」という方を不勉強です、と師匠に伝えると





方南、正しくは田山方南先生という知の巨人の存在を
教えてくださいました。




すぐ古本で方南先生の著書「茶掛け鑑賞」を探し取り寄せ




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読み始めてすぐにその世界観に引き込まれてしまいました。







巻頭に座談会があり、そこでの方南先生の言葉。
お軸にかけては日本で右に出る人がいないほどの研究をしてきた方南先生が


「茶掛けというのは、いろいろな掛け軸の中でもお茶室にかけるものを指す」

「こんにちの茶掛という言葉には軽妙、洒脱の面白さやおかしさが含まれる」

「ひとさまをお茶に招いた時に、客がなるほどこれは面白い、これは時期にあっている、お客の趣向にかなっているというものが茶掛けでしょう」



これらのお話にすごく親近感が湧いてきました。
これを昭和47年に話されていたのですね。







そのことを師匠にお話しすると秘蔵の、大変に秘蔵の


「「禅林墨蹟」をお貸ししましょう」



この時点で、私はことの重大さに全く気づいていませんでした。






車で取りにおいでなさい

というお言葉に、大きめの風呂敷を持って参上しましたが






大風呂敷一つでは無理でした。








禅林墨蹟 正、続、拾遺 各3巻で合計9冊。






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本の大きさは、ちょうどA3サイズくらいです。
素晴らしい和紙に印刷された限定300組の豪華な本たち






この巨大な山塊をどう攻略したらいいのでしょうか。
そもそも、この書物は一体何なのでしょうか。






それにしても
お貸しくださった師匠のご覧になっている世界と比して
私の知識量の薄さが身にしみて





数日、いや数週間、途方に暮れていました。





しかし私は未知の山に取り掛かるのは実は大好きなのです。
糸口がつかめれば、きっと全容を解明できるはず。






いつも何かを知ろうとする時は、まず専用のノートを作ります。
いつもはモレスキンのゴム付きノート。
好きな色のものを探してモチベーションを上げてから取り組みます。




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今回は、モレスキンではないように思い、
ノートを決めるのにも時間がかかりましたが、
そうだ、これしかない。









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高野山金剛峯寺に納入された千住博先生の襖絵の記念品。





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本当は御朱印帳なのですが、これを「ノート」に定めました。





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真言宗の皆さんにとって「同行二人」は弘法大師様の導きであるように
私にとって、導きの師匠はずっと博先生です。

このノートなら、攻略できる、と思いこむことでと勇気が湧いてきました。








心を鎮めると、この本たちが何なのか、序文を読むことでわかってきました。


まず、最初に出版された「禅林墨蹟」は、
後に続巻が出たことで今では「正」と言われています。



内容は
時代は日本史の鎌倉から室町時代。中国の宋から元の時代。
その時代に書かれた手紙や禅の教えなどを掛け軸にしたもので、
日本に伝わり、名品として知られるもの。





正は、上巻を「乾」、下巻を「坤」といいます。





「乾」は来日することがなかった中国の禅僧のもの
「坤」は来日して教えを広めた中国の禅僧や、日本人の僧のもの





それを方南先生が、選定し、写真を本にしたものが「禅林墨蹟」です。


さらに「解説」が別冊本になっているので、見比べながら読むことができるのですが








そもそも、解説本だけでは、全く近づける気がしません。
解説本の理解も、もやは困難なほど、知の隔たりを思い知らされます。






そこで、まず目次を全部書き写すことを思いつきました。





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ここに至って、やっとトッカカリが見つかりました。
目次には、その掛け軸の所有者が下段に書いてあるのです。







多くは寺なのですが、中には個人名もあり、そこでやっと興味の芽がピコッと出てきました。





この方々は、一体どういったコレクターさんなの??
高名な方々の中に、存じ上げない方々もおられ





しかし所有者のことは付属の解説本には載っていません。
当時は当然みなさんがご存知の有名人だったでしょうから。







横にiPadを置いて、未知のコレクターさんを調べることを楽しみに目次を書き写し始めました。





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コレクター様方も、もう鬼籍に入られた方々ですが
大変数奇な運命を辿った方もおられ、
調べていくと、時には書の書き手の僧侶の人生よりもリアルで
ワクワクする展開のドラマがあることを知りました。



私もお邪魔したことのある私立美術館へ発展していったコレクションのオーナーや
兵庫ゆかりの方々では

畠山一清 氏
正木孝之 氏
五島慶太 氏
湯木貞一 氏
三井高大 氏
細川護立 氏
服部正次 氏
乾豊彦 氏
細見良 氏
松永安左エ門 氏
根津美術館
大原總一郎 氏



検索しないと私は不勉強だった方々では


塩原又策 氏
常盤山文庫
上田堪一郎 氏
梅澤彦太郎 氏
守屋美孝 氏




これらの方々に方南先生が作品をお借りし
撮影して解説も付けた限定300組の豪華本が禅林墨蹟なのですから

コレクター様たちもとても名誉だったでしょうね。

これらの方々のほとんどが茶道具類のコレクションも厚く
頻繁に茶会を開く、いわゆるお数奇者でした。





そうすると興味は広がり
そんな方が所有した書を書いた禅僧とはどういった人だったのだろう



読み進むことができました。







再び整理すると

乾(上巻)は、
日本に来ることはなかった高名な禅僧の書です。
その弟子が来日したり、日本から留学して門弟になっていたりで
日本に書が伝わったものです。


代表的な僧侶としては
仏鑑禅師
癡絶道冲
虚堂智愚
中峰明本
古林清茂






坤(下巻)は、
日本に請来されたり、騒乱を逃れて日本に来た高名な禅僧の書と
日本人の僧の書です。
それらの僧が日本に禅を広めた開山の僧なのでゆかりが深く
iPadで調べていてもとても楽しめました。



代表的な僧侶としては
聖一国師
大覚禅師
兀庵普寧
無学祖元
一山一寧
清拙正澄
大燈国師
夢窓国師
一休宗純




それぞれの僧侶の経歴や足跡をノートにメモしていきました。





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すごく興味深い経歴の方もおられ、かなり長い寄り道になってしまうこともありました。



そこまでわかってから、さてやっと解説本と本編を開く時が来たのですが
結構、頭がいっぱいいっぱいで










その前に、一回頭のクールダウンのために高野山金剛峯寺へ参りました。


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博先生の襖絵と久しぶりの再会。
これを奉納するときの製作の苦行とも言える千住博先生のご苦労を思い
私も力をいただきました。





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続きです。



これらを珍重していくうちに、のちの時代では
書の内容は、あまり重要ではなかったかも。ということがわかりました。
巨星たちの真筆であることが大切だったのだな、ということです。





それなので、内容はさておき
ビッグネームたちの書体を覚えるように努力しました。
(多分すぐ忘れそうです)




色々特徴ある書の中で、私自身の中の好みもわかってきました。





さて正の読破が終わると次は続と拾遺です。




正の出版後、方南先生の元には
秘蔵の掛け軸を見て欲しいという依頼が全国から殺到します。


その中には一族の秘宝を開陳してくださる財閥系の名家もあったようです。
歴史的な発見もあったようで


それもこれも「正」の出版があまりにも見事だったからの評価だったのでしょう。
方南先生も、うれしい悲鳴だったのでは、と拝察するほどの作品が集積してきたようです。



それらを収録したのが続と拾遺です。


正で本の骨格を抑えていたので、続と拾遺は、そこへの肉付けとして
理解できました。



そんな全集を
読み終わるのに、何日がかかったでしょうか。
知らない言葉をiPadで引き引き、



ともかく、私なりに「禅林墨蹟」の全容がぼんやりわかるくらいのところまで来ました。





これ以上を知るには、禅の教えや京都の五山や、勉強しなくてはいけないことが
山のようにありますが



ひとまず、私のキャパではこれで一旦読了とすることにしました。




それにしても
こんな機会をくださった師匠に、本当に感謝します。
貴重な書物には方南先生ご自身のお人柄が滲む親しげな揮毫があり、


師匠の美意識の環境の底知れなさを思いました。そして
こんな宝物を私のような不肖の弟子に貸し出してくださるご信頼に、

本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。






私は
この調べ物をしている間、久しぶりに爽快な集中力で
澄み切った世界に浸ることができました。



残念ながら、徐々に忘れてしまうんだろうなああと思いながら、も
何かは必ず私の中に芽吹くことと思います。





この本が編まれた昭和から、平成を経て令和の時代に
方南先生を偲べたこと、

その令和5年の秋は、深く思い出に残りそうです。
































































































posted by 皮膚科芦屋柿本クリニック at 10:55| 医療以外のつぶやき
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