2024年02月19日

九州の古窯巡りのお土産の花入




先週から暖かい日差しの日々が続きます。
私の畑も冬の花が終わりかけて、春の花はまだだし、という
ちょっと寂しい状況が続いています。


昨日の日曜日は、午後は日が暮れるまで畑仕事。
虫除け網付き帽子に、長手袋、膝までの長靴で



肥料をやったり、植え替えをしたり

流石に腰は痛くなるのですが、花木や土を触る喜びも大きくて
最高の休日でした。




今朝は、小さな一輪の「曙」という椿。
それに相応しい一輪挿しは唐津焼です。


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この唐津をはじめ九州北部に行ったのはコロナ前で、
夫と二人、レンタカーで窯巡りをしようと旅に出ました。




まず福岡県に入り高取焼宗家に参りました。



戦国時代から江戸時代に勇名を博した武将、黒田長政公が
この地に招聘した八山を祖として今も続く宗家です。



高取焼はその後、
長政公より11歳年下の茶人大名小堀遠州の好みの茶道具を製作する
ようになり趣味性が高くなっていきます。
いわゆる遠州七窯の一つに数えられます。



現代でも茶道家元遠州流とつながりの深い窯ですので
遠州の好む「きれいさび」を表現する繊細で美しい造形が見ものです。


と、そこまでは知っていたのですが宗家の窯元を訪れて
当代の奥様にお話を伺うことができましたら



知らなかったことが多くありました。




その1 高取焼の薄さ

 奥様に土造りの現場を案内していただきました。
 裏山から流れる小川の流れを利用した臼で1ヶ月以上かかって微細に土を砕くこと。
 その土を一旦水に溶かしてから2〜3ヶ月かけて濾すこと。

 そこから出来上がる高取焼の器の、なんと薄く美しいこと。
 磁器のように自由なろくろ引きが可能になるわけです。



その2 静山 先生のこと

 お屋敷のお座敷に上げていただくと、
 ショーケースに宗家の歴代の作品が陳列されていました。

 私はその中の水指に目がとまりました。
 宗家11代高取静山先生の作品だと教えられました。
 当代のご祖母様にあたられる、という説明を受け
 「有名だったので、今でも祖母のファンが東京からも来られるのです」


 私は不勉強でしたので、帰宅して、すぐに静山先生の著書を購入しました。

  「炎は海を越えて―高取焼再興奮闘記 (1977年)」

 なんというドラマチックな人生!なんという女傑!痛快なその生き様に驚きました。
 このお話が埋もれては勿体無い。ぜひ、広くお読みいただきたい名作だと思います。


 宗家は私たちが行った前年に水害で被災して立ち直ったところだったのですが
 昨年も強い水害に遭われた模様で心配しております。
 どうか1日も早く、平穏な日々が戻りますように祈っております。







次は佐賀県に入り、有田へ。
絵付けの美しい磁器で知られる有田では

「今泉今右衛門窯」
「源右衛門窯」
「深川製磁」



を巡りました。







私は有田焼が好きで
手描きの染め付けや絵付けのものを見ると集めてしまい
日常に使っています。



最近は日常使いできるようなお値段の手描きものが少なくなり寂しいのですが
この旅では昔ながらの有田焼専門商店で


昔の作品で売れずに残っていた手描きのものが
手に入りました。
名もなき職人さんの美しい筆のものでした。

今でもこれを使うたびにこの時の旅を懐かしんでおります。






そして最後は唐津に入りました。

唐津焼の中心は、中里太郎衛門窯になると思います。

代々の作品は高い評価を受け、
その親族も唐津焼を支えるご自身の窯製作を行なっておられます。




中里太郎衛門窯の前を「お茶わん窯通り」というそうですが
少し南下したところに、やはり親族の窯があります。



唐津あや窯 の中里文子先生の工房で、
工房の中庭の向こうには茶室も設られており

文子先生は裏千家茶道の正教授、とのことで納得です。

発掘された古唐津の破片の博物スペースもあり
私には唐津で一番見所の多い工房でした。




そこで求めたのが、この花入です。



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今朝、久しぶりに花をいけ
唐津の思い出が蘇ります。



























posted by 皮膚科芦屋柿本クリニック at 15:37| 医療以外のつぶやき
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